「人が死ぬと、それから先はどうなるのかしら。死んでからの世界ってあるのかしら…」
学校からの帰り途、いつも通る公園のベンチに腰かけて、弘子と光江はそんな話をしていた。
「うちのお婆ちゃんは、あるって信じているわ。だから、毎日、仏壇の前で、死んだお祖父ちゃんとお話しているの…」
「そんなの嘘よ。死んだ人と話ができるなんて、おかしいわよ」
「でも、お婆ちゃんは真剣なんだもの、仕方ないわ」
「じゃあ、弘子、あんたは"死後の世界“があると信じるの?」
「私は、どっちともいえない」
「私は信じないわ。全然、科学的じゃないもの」
「ああ、それじゃ、いいことがあるわ。はっきりわかることが」
「どんな?」
「二人のうち、早く死んだものが、夜半に生きているものの足の裏をくすぐるの。死の世界があれば、くすぐることができるでしょう。どう?」
「いい思いつきね。いいわ」
「じゃあ、約束ね。死んでも魂が生きていたら、必ず足の裏をくすぐるわ」
二人は、変な約束をとりかわした。
ここは、東京郊外にある公園。
秋風の吹きはじめた十月二十二日のことだった。
それから二人は歩き出した。
そして、公園の出口まで来たとき、
「あの子、またいるわ」
弘中が光江に小声で言った。
そこには、六歳ぐらいの女の子が、ぼろぼろの服を着て一人で遊んでいた。
「かわいそうね。両親はいないのかしら?」
「いないらしいわ。お祖父さんと二人だけのようよ」
「ねえ、今度、あの子に私たちのお古の洋服を持ってきてやらない?」
「ええ、それがいいわ」

それから二ヶ月ほどたった冬休み中の、ある夜のことだった。
光江は夜半に、足の裏に何か変な感じがするので目を覚ました。
布団をめくってよく調べてみたが、別に変わったことはなかった。
外は雪でも降っているのか、静かな晩だった。
「気のせいかしら」
彼女は眠ろうとした。
すると、また足の裏がムズムズ、ムズムズ…。
まるで人の指がくすぐってでもいるようだった。
光江は、ハッとした。

どちらか先に早く死んだものが、生きているものの足の裏をくすぐる

光江は、全身に水でもかぶったように、ぞーっとした。
彼女は、目を大きく見開いて部屋の中を見まわしたが、だれもいなかった。
「嘘だわ。そんなことってあるわけない。弘子とはつい一週間前に会ったばかりだもの」
光江は頭に浮かんでくる恐ろしい考えを必死になって打ち消し、眠りに入ろうとした。
しかし、足の裏には、まただれかの指が触れてくる…。
「怖い?だれか…」
光江は、声にならない声で叫ぶと、とび起きて廊下に走り出た。
そして、夢中で、真夜中にもかかわらず、弘子の家へ電話してみたのだった。
「はい、お嬢さんは夕方、自動車にひかれてお亡くなりに…」
泣き声のお手伝いさんがこう答えたではないか。
光江は、あまりのことに、その場で気を失って倒れてしまった。
葬儀が終わって、家に帰ったその晩のこと。
光江が眠りにつくと、また足の裏に異常を感じた。
三日前の弘子が死んだ晩のように、なでられるような感じだった。
「弘子、やめて、わかったわ」
光江は、ベッドの上に起きあがり、ふるえ声で言った。
いくら親友だったとはいえ、もう死人のことだ。
死人の弘子が光江の足の裏を、そうっと、そうっとなでるのだ。
光江は、恐ろしさと不気味さで気が狂いそうだった。
このとき、光江は、
「これは、きっと弘子が私に、何かを頼もうとしているにちがいない」
と思った。
「でも、私は何をしたらいいの…?あっ、そうだ、いつか公園のそばの女の子に、お古の洋服をあげようとしたんだっけ。そして、冬休みになる前の日、クリスマスには持って行ってあげようねって約束したわ。あっ、今日はクリスマス…」
そこで翌日、光江は母親にいっさいを話した。
母親はそれを信じようとしなかったが、お古の洋服をたくさん出してくれた。
やっぱり、光江の考えたとおりだった。
その夜、光江の足の裏の異常は起こらなかった。