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「やっぱり、お金が足りないわ。ねえ、お姉さん、貸して…」
さっきから貯金箱を振ってお金を出していた渡辺美春(十三歳)は、ふっとため息をついて言った。
「あら、どうしたの、お母さんからもらったばかりでしょう。また無駄遣いをしたのね」
姉の邦子は編み物の手をとめて、美春の顔を叱るように見つめた。
「そ、そうじゃないわよ。私もたまにはいいことするのよ。困っている人に貸してあげたの」
「そう、珍しいこともあるのね」
「そうなのよ」
美春はちょっと気取ったポーズをしてみせた。
「そんないいことをしたのなら、お金が返って来るまで、買物は待つべきだわね。あなたに貸したら今度は私が困るもの…」
「そんなこと言わないで、ねえ、やさしいお姉さま」
美春は甘えるように姉のそばへ…。
「だめ、その手には乗らないわよ」
邦子は、美春をにらむまねをした。
「ああ、困ったわ。お友だちと約束しちゃったのよ。明日、一緒に買物に行くことを…困ったわ」
「あなた、お金をいったいだれに貸したのよ」
「安子おばさんよ」
「えっ、あの安子おばさん?」
「そうよ」
「美春!」
とたんに、邦子の顔つきが厳しくなり、強い声で言った。
「なによっ、どうしたの、お姉さん?」
美春は急に怒った姉を見てびっくりして聞いた。
「あのね、嘘をついてまで人からお金を借りようなんて、最低よ。安子おばさんは今日お昼ごろ亡くなったのよ。たがら、お母さんがいま、おばさんの家へ行っているのよ」
「えっ!」
「死んだおばさんが、どうしてあなたからお金を借りるのよ?」
「だ、だって…」
美春の顔色は真っ青に変わり、身体は小刻みにふるえだした。
「でも、お姉さん、私の言ったこと、本当なのよ」
美春は青い顔で次のような話を始めた。











美春が友だち数人と学校を出たのは、午後三時ごろだった。美春たちは、明日の日曜日の買物を約束し、公園の入り口でいつものように別れたのだ。「美春ちゃん」ひとり美春が、公園の道を抜け人通りのない並木道にさしかかったとき、突然、名前を呼ばれた。 「だれ?」美春は足をとめてあたりを見まわしたが、だれもいなかった。「気のせいかしら」そう思ってふたたび歩き出したとき、また呼ぶ声がして木のかげから安子おばさんが出てきたのだ。「おばさん、どうしたの?」血のにじんだ首を痛そうにおさえているおばさんを見て、美春はびっくりした。



















「さあ、このハンカチで血を拭いたら…」
「ありがとう。美春ちゃん。あのね、悪いけど五百円かしてくれない」
安子おばさんは、かぼそい力のない声で、やっと言った。
「いいわ。どうぞおばさん、これが全部よ」
「本当に悪いわね。どうしても急に必要になったの。かならず返しにいくわ」
ゆっくりゆっくり歩いて去っていく安子おばさんを美春は心配そうに見送ったのだった。











「美春、それ本当?」
姉の邦子の顔もいつか真っ青に変わっていた。
「本当なのよ、お姉さん。だけど、どうして死んだはずのおばさんがお金なんか借りに、どうして…」
その夜美春はなかなか眠れなかった。
両親とも死んだおばさんの家に行って帰ってこない。
姉と二人きりで寂しいのに、そのうえ、昼間の不思議な事件…。
「美春ちゃん、遅くなってごめんなさいね。お金とハンカチは、あなたの机の上に置いておきました」
いつしか、うとうととしていた美春の耳に、安子おばさんの声が聞こえてきたのだ。








「おばさん!」思わず叫んだ美春はベッドの上に飛び起きた。「いまのは、確かにおばさんの声だったわ」邦子にもその声が聞こえたのだろう、ふるえていた。「お姉さん、机の上を見てきましょうよ」「気味が悪いわ…」二人が恐る恐る勉強部屋に行き、伝統のスイッチを押したとたん、「あっ!」なんと、美春の机の上にきれいに洗われたハンカチと五百円のお金があるではないか!「お、お姉さん!」美春はあまりのことに、思わず邦子に抱きついた。昭和四十三年十一月、北九州市で起きた事件である。





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