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「だから言っただろう。女はナルシストだから、絶対に麻雀は強くなれないって…」

「あら、まだゲームが終わったわけじゃないわ」

「じゃあ、オーラス行くぞ」

青木が勢いよくサイコロを振った。

土曜日の午後である。

商社マンの青木はしゃれた雀荘の一室でクラブのホステス三人を相手に卓を囲んでいた。

ことの起こりは三日ほど前の夜で、青木は銀座のクラブで社用の酒を飲みながら言った。

「女は自分の力を冷静に判断することができないから、麻雀をやっても絶対ダメだね」

するとホステスの眉子が横から口をはさんで、

「そうかしら?あたし今までほとんど負けたことなくってよ」

「それは相手が飴をなめさせてくれてんだよ」

「そんなことないと思うわ。お金賭けてんですもの」

「お金なんか…ものはためし、眉ちゃんが "体を張る" って言ってごらん。みんな本気にぬるから、まず勝てっこないね」

「じゃあ、青さんやってみる?」

「願ってもないね」

「ぜひやりましょうよ」






眉子は勝気なホステスである。

短大を出てすぐこの世界に入り、二年ばかりのうちにナンバーワンを争うほどの売れっ子になった。

器量は十人並み、客扱いもそううまいほうではなかったが、なぜか眉子ファンは多い。

ヤンチャなお嬢さんみたいな明るさがあって、それが中年のおじさま族によく受けているらしかった。

だがホステス業に好都合な性格が、そのままギャンブルにとってもプラスになるとは限らない。

特に眉子のように短い期間で華やかな座に着いたホステスには、男の世界を甘くみるくせがぬぐいきれない。

一流の客たちと毎晩飲んだり騒いだりしているうちに、自分もつい一流の人物になってしまったような、そんな錯覚にとらわれやすいものだ。

お遊びの相手として適当にあしらわれているのも忘れて、ついつい自分の力を過信してしまう。

こんな性格の人がギャンブルに強かったためしはない。





「じゃあ、青さんが負けたらすてきなプレゼントをして。あたしが負けたら…いいわよ。お望みのものを進呈するから」

青木が眉子の挑戦に応じたのはもちろんである。

青木が考えた通り眉子の技量はたいしたものではなかった。

聴牌をすれば、すぐにリーチをかける。

あがれなかったときには自分の手を開いて、

「ああ、ついてない。惜しかったわあ。倍満になるとこだったのに…」

と、大仰にくやしがる。

引っかけリーチでうまくあがったときなどは、

「ね、うまい人なら当然出すはずなのよ「

喜色を満面に浮かべて青木の顔を見つめた。

半荘二度の約束で始めた勝負だったが、最初のゲームは青木の独り浮き。

眉子はどうにか原点すれすれを確保したが、第二ゲームはいけなかった。

オーラスを迎えて沈みは見二万点あまり。

青木から約満貫でも奪い取らない限り、とても合計点で青木に勝つことはできなかった。




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「このメンバーなら、何度やってもトップを取る自信があるな」

「ついているだけよ。あたしだって、いつもはもっとつくのよ」

眉子はまだ譲ろうとしない。

「女はこれだから困る」

「あっ、それ、ポン」

眉子が緑發をないた。

「眉ちゃん、約束は本当に守るのかい?」

眉子は同僚のホステスに気がねをして、ちょっと目くばせをしたが、

「守るわよ。青さんこそ負けたらダイヤでも贈ってよ」

「これで終わりだろう。もう負けっこないよ。どうするんだ、緑發なんかないて?安いなあ」

「ドラをたくさん隠してあるのよ」

どうやら眉子には点棒の数もよくよめていないらしい。

倍満であがってもまだ足りないのだ。






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「それ、ロン」

青木が八索を捨てると、眉子が声をあげた。

「混一、緑發、チャカチャカ…満貫にならないわねえ?」

「せいぜい五千二百かな」

「あら」

眉子が牌を開きながら手を止めた。

「どうした?」

「これ、ほら、なんとかっていうんでしょう?」

「えっ」

「オール・グリーンとか…」

青木が身を乗り出した。

「役満貫ね」

「そうだ」

「バンザーイ!それみなさいよ。負けるはずないのよ。いつだって絶対に勝つんですもの」

勝負は一瞬にして大逆転となった。

もし眉子が自分の手の大きさを知っていたら、興奮を顔に隠すことができなかっただろう。

隠すことができなければ、青木がみすみす八索を振ることもなかっただろう。

しかし今さら悔やんでみても仕方がない。

負けは負けに変わりがなかった。

「ね、そう見くびったものじゃないでしょう」

「まあな」

青木は言葉少なにうなずいた。

当分は眉子の自慢話を聞かなければなるまい。

思えば痛恨の八索であった。



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それから二週間ほど後、青木は問屋筋から小粒のダイヤを安く買い入れると、閉店後の眉子を夜のスナックに誘い出した。

「ほら、約束通りダイヤを買ってきたぞ」

「ありかとう。栄光の戦利品だわ」

「残念ながらそうらしい。今でも八索を見ると憎くなる」

「悪いわね。でも、あたしって本当に博才があるらしいの。占い師にもよくいわれるわ」

「過信は禁物だぞ」

「大丈夫。またオール・グリーンで勝っちゃうもの」

青木はにがく笑った。

二人はそれからなじみのナイト・クラブに顔を出し、ゴーゴー・クラブに立ち寄った。

この夜の眉子はうきうきとしてひどく楽しそうに見えた。


「おい。もう二時だぞ」

「いいの。今夜はすてきに愉快なの」

青木は酒の酔いも手伝って、ふつ眉子の耳にささやいた。

「どこか静かなところで休もうか」

眉子は一瞬まじまじと青木の顔を見たが、

「ええ…いいわ」

と、小さく答えた。

あまりのあっけなさに、誘った青木のほうがかえって驚いた。

「本当に?」

「驚いたの?青さんならいいの。いざってときの覚悟がなければ、とてもあんな麻雀やれなかったわ」

「負けると思っていたんだな」

「そうじゃないけど…負けることもあるじゃない。きらいな人じゃやれないわ」

「感謝感激だな」

もう青木にとって麻雀のことなどはどうでもよかった。






ホテルに入った二人は、べつべつにバスを使い、やがて薄桃色のライトが甘いシェードを落とすベッドの上で抱きあった。 

「あ、すてき」

眉子は白い裸身を伸ばして奔放に乱れた。

敏感な女らしく体がしっとりと汗ばんで燃えている。

だが…青木が愛撫を続けながら、ふと首をかしげた。

「こんなことがあるものだろうか?」

いや、それは疑いようのない現実だった。

指先に触れる眉子は、ポッカリと広く頼りなかった。

「フフン」

眉子がかすかに鼻を鳴らした。

「あたしって、ベッドでとてもいい女らしいの」

「ああ、そう」

青木は弱くうなずいた。

もう否定する気にもなれなかった。

信ずるものは、きっと救われるのだろう。

八索の広い空白の感触が指先に伝わったが、眉子はひとり自信満々のていであった。





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