「これを車で遠山さんのところへ届けてくれ」
父がいきなり僕に用事を言いつけた。
「気が進まないなあ。今日は昭和四十三年三月十三日、 "三" が三つもつく日だ」
僕は眉をひそめた。
これには深いわけがある。
僕は埼玉県大宮に住む木田国夫という二十三歳にぬるごく普通の青年だが、ひとつだけみんなと違うところがある。
僕は "三" の数字に呪われているのだ。
昭和二十三年三月二十三日、当時三歳の僕は恐ろしい火事にあい、もう少しで焼け死ぬ目にあっている。
それ以来、 "三" の呪いが僕につきまとっているらしい。
昭和三十三年三月三日。
十三歳の時、三階の階段から一階まで転げ落ちて、大怪我をしている。
昭和四十二年九月十三日には草野球でピンチヒッターとして出場したが、このとき、3番のヘルメットをかぶっていたのが運の尽きだった。
頭に三球目のボールが当たって気を失ってしまった。
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こんなわけで僕は "三" のつくものすべてを恐れ、ひどく嫌うようになった。
しかし父は僕の気持ちなど全然わかってくれないのだ。
「ぐずぐず言わずに早く行って来い!」
父にどなられて、僕は仕方なく車に乗った乗った。
こう自分に言い聞かせながら安全運転で走ったせいか無事に遠山さんの家に着き、父から頼まれた品物を渡すことができた。
(このぶんなら帰りも大丈夫らしい…)
帰り道、僕は一方通行の道にはいって、車をゆっくり走らせていた。
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ところが、前方から一台の乗用車がものすごいスピードで近づいてきたのだ。
「あっ、危ない!」
一方通行の狭い道なので避けようにも避ける場所がない。
ガシャーン!
乗用車は真正面から僕の車にぶつかった。
僕はそれっきり気を失い病院に運び込まれた。
幸い生命は助かったものの、顔や胸を十三針も縫う重傷だった。
このとき、相手の車のナンバーは"0303" 、事故の時刻は午後三時三十分だった。
やはり僕は "三" に呪われている。
この次は "三" の数字のために、どんな目にあうか考えると、恐ろしくて生きた心地もしないのだ。
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