
もの憂いばかりにおぼろな春の午後、ニョッキリと宙にそびえ立った高層ビルの真上に純白の雲が一つ、動くともなくポッカリと浮いていた。
ビルの最上部の広間にはサラリーマン風の男たちが数十人集まって先ほどから紫煙を吐きながらざわめいている。
「いい日和だ」
「まったく。麻雀なんかやってる日曜日じゃないなあ」
「家族連れでピクニックにでも行けば、いいパパなんだが…」
「それができないんだなあ、オレたちは」
「アハハハハ。お互いに因果な趣味を持ってしまった」
「しかし "お呼びのナカさん" も張り切ってるじゃないか。こんな見晴らしのいい部屋を借り切って」
窓からのぞくと眼下には玩具のような自動車が色とりどりの屋根を見せ、そのあい間に小さくうごめく人の群れがあった。
「みなさん、お待たせいたしました」
ハンディ・スピーカーを持った男が部屋の片隅に立って声をあげた。
それが "お呼びのナカさん" だった。
「ただいまより新角ビル王座決定麻雀大会を開催いたします。ゲームの開始に先立って、この大会の名誉会長、四菱製機取締役発田万二郎氏よりご挨拶をたまわりたいと思います」
紹介を受けて恰幅のいい紳士がマイクを握った。
「本日はご多忙のところ、また日曜日であるにもかかわらず遠路はるばる麻雀大会にお集まりいただきまして、まことにご苦労様でございます…」
名誉会長の頬に微笑が浮かんでいる。
場内にも小さな笑いが波立っている。
雰囲気はすこぶるなごやかだ。
新角ビルに勤めるさまざまな会社のサラリーマンが、たとえその中のほんの一握りの人数にせよ、こうして会社の枠を超えて親睦の集まりに参加するのは今までに例のないことであった。
「やれやれ、これで大成功。苦労の甲斐があったというものだ」
ナカ氏は四十二歳、四菱製機総務部第二課の課長補佐である。
麻雀歴は二十年を越え、実力はともかくルールにくわしいのと "つきあい" のいいことでは仲間内でつとに有名だった。
三人メンバーがそろって、もう一人足りないときには決まって、
「じゃあ、ナカさんを誘ってみようか」
「うん、それがいい」
連絡をとればナカ氏は万障繰りあわせて駆けつけてくれる。
これが "お呼びのナカさん" と呼ばれるゆえんであった。
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こんなナカさんだから若い頃にはせっかくのデートをすっぽかしたりすることも何度かあったらしい。
「あたしより麻雀のほうが好きなのね」
ガールフレンドになじられ、ナカ氏は頭をかきながら、
「いや、そんなことはない。これも仕事のうちなんだよ」
「さあ、どうだか…」
「いや、本当だよ」
一生懸命弁解したが、二度三度重なれば女は去ってしまう。
それ以来デートにはめっきり縁がうすくなり、三十五歳を過ぎてからなんとなく見合いをし、結婚をした。
男の子が二人生まれた。
当然のことながら家族は "お呼びのナカさん" の最大の被害者だった。

「あなた、ほどほどにしてくださいよ」
女房にそういわれて、ナカ氏も何度か麻雀をやめようと思ったが三人の仲間に誘われると彼の性格としてどうしても断れない。
「これも仕事のうちなんだよ」
ナカ氏は口癖のようにいつもこう弁解していたが、そのうちにナカ氏の麻雀は確かに "仕事のうち" といった様相を帯びるようになった。
だから、どこのグループからも気安く声をかけられ "お呼びのナカさん" の顔は会社ではもちろんのこと同系会社の中でも知れ渡るようになった。