心霊 オカルト

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    吉沢礼子さん(二十二歳)は京都市に住むスラリとしたスタイルの細面で目と唇のとてもきれいな娘だった。

    昭和四十一年の五月初め、礼子さんは人生の新しい門出の準備に大わらわだった。

    挙式を十日後に控えた彼女は晴れ着の仕上げや彼との新居を見に行くやら家具を調べなおすやらで多忙な毎日を送っていた。

    とても幸せだった。



    その日、礼子さんは家に来た結婚相手の彼と食事を共にしてから久しぶりに友人からの便りに目を通し始めた。

    どの手紙も彼女の新しい門出を祝うものばかりだったが、やがて一枚の便箋をなにげなく見た礼子さんは驚きの声をあげ、血の気を失ってしまった。

    手にした便箋は震える手の中でガサガサと音を立てた。


    その便箋は長野にいる親友からの手紙の中に入っていたもので、乱暴な男文字で、

    「おまえは、永遠に僕のものだ」

    とだけ、記されていたのだ。

    「こ、この字は根津さんの…」

    礼子さんは息もつまりそうだった。

    見慣れた乱暴な男文字こそ、彼女がその処女を捧げてまで愛した男の筆跡だったのだ。




    二年前、彼女は高校を卒業すると親友と一緒に東京に行き、ある商事会社のタイピストになり、夢のような楽しい生活を送り始めていた。

    ある日、礼子さんは公園で見かけたポール・アンカによく似た根津洋一さんを一目で好きになってしまった。

    根津さんもまた彼女を心から愛した。

    彼女は自分から処女を捧げてその愛の深さを示した。

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    二人はアパートを借りて同棲した。

    根津さんは日曜日など朝から彼女を抱きしめてベッドから出さないほどで、彼女にセックスの楽しみを教えた。

    だが、二人の蜜のような甘い生活も、二ヶ月目、根津さんの妻が訪ねてきて壊れた。

    彼には結婚二年目の妻がいたのだが根津さんはそのことを礼子さんに話さなかったのだ。

    二人の仲は引き裂かれた。

    しかし、礼子さんはどうしても根津さんを忘れることができなかった。

    気持ちのうえでは妻のいることを隠していた根津さんを恨んだが、彼女の肉体は彼を恨むどころか彼がひそかに訪ねてくるのを待っていた。


    「いや!もう離れるのはいや、死んで!」

    数日後、根津さんがやって来た時、彼女はその胸にすがりつき心中をせがんだ。


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    『心中事件の女』
    昭和四十一年十二月二十九日、島根にある病院の一室は、静まりかえっていた。

    病室につめかけた患者の両親も医者や看護婦も無言のまま患者の様子を見つめていた。

    ベッドの上には心中未遂で収容された加藤時枝さん(二十一歳)が、青白い顔で不規則な呼吸をしながら眠り続けていた。





    時枝さんは、恋人との結婚を両親や親族の人に反対された。

    が、肉体関係があり妊娠までしている二人としては最後の手段の心中をはかったのだ。

    そして、男は死んだが時枝さんは他界寸前に発見され、病院にかつぎ込まれてしまったのだ。



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    「先生、助かるものでしょうか」

    母親が医者にそっと尋ねたとき、それまでまったく動かなかった時枝さんの身体がかすかに動き、重く閉ざされたいた目がかすかに開いた。

    「時枝!」

    母親は医者の制止も聞かずベッドに駆け寄り娘の両肩を揺さぶったが時枝さんにはそれが母親であることもわからぬまま再び深い眠りについてしまった。


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    「残念ですが、もう…」

    懸命に手当てをしていた医者は、心配そうに立ち尽くしている両親にそっと言った。

    昭和五十年二月十六日、大分県の安岐に住む前沢圭子さんは、心臓病のため医者から死亡を宣告された。

    両親や祖父母たちは、圭子さんの十二年間という短かった生命に涙を流し、少女の死体を抱きしめ、名残を惜しんだ。




    だが、それから二十四時間後、奇跡が起こり圭子さんは生き返ったのである。

    「圭子ちゃん…」

    家族はもちろん近所の人たちもみなびっくりしていた。

    だが、もっとみんなを驚かせたのは少女が話した、少女の見てきた死後の世界のことであった。




    少女は次のような死後の世界を見てきたのだった。


    空をはじめ、あたり一面が真っ赤なところに私は立っていた。

    立っている足もとの上も血のように赤かった。

    どんどん通っていく人がいたので、その人について歩いた。

    だが、足がとても重く、全身がまるで鉛のようで思うように歩けない。

    喉が焼けつくように熱かった。


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    それでも歩かなければならなかった。

    というよりは、自然に足が前へ前へと出た。

    やがて、青々とした樹木がいっぱいに生い茂り、とても美しい花の咲いているところに出た。



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    「これを車で遠山さんのところへ届けてくれ」

    父がいきなり僕に用事を言いつけた。

    「気が進まないなあ。今日は昭和四十三年三月十三日、 "三" が三つもつく日だ」

    僕は眉をひそめた。

    これには深いわけがある。

    僕は埼玉県大宮に住む木田国夫という二十三歳にぬるごく普通の青年だが、ひとつだけみんなと違うところがある。

    僕は "三" の数字に呪われているのだ。








    昭和二十三年三月二十三日、当時三歳の僕は恐ろしい火事にあい、もう少しで焼け死ぬ目にあっている。

    それ以来、 "三"  の呪いが僕につきまとっているらしい。

    昭和三十三年三月三日。

    十三歳の時、三階の階段から一階まで転げ落ちて、大怪我をしている。

    昭和四十二年九月十三日には草野球でピンチヒッターとして出場したが、このとき、3番のヘルメットをかぶっていたのが運の尽きだった。

    頭に三球目のボールが当たって気を失ってしまった。



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    こんなわけで僕は "三" のつくものすべてを恐れ、ひどく嫌うようになった。

    しかし父は僕の気持ちなど全然わかってくれないのだ。

    「ぐずぐず言わずに早く行って来い!」

    父にどなられて、僕は仕方なく車に乗った乗った。




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    その絵を見たとき、今井宏子(仮名・十四歳)は瞬間なんとなくいやな気がした。

    「すごい迫力だろう。作者はわからないが、これを描いた画家は天才的な腕だよ」

    父親はそう言うと、インドから買ってきた一枚の油絵を宏子の部屋の壁にかけた。

    父親は貿易商。

    絵が趣味である。

    仕事で海外へ行くたびに掘り出し物の絵画を見つけては買ってくるのだ。

    しかしなんという不吉な迫力に満ちた絵なんだろう…。

    地平線の彼方にまさに沈もうとしている血のような真赤な
    太陽。

    その残照に染まった太い大樹の下で、頭にターバンを巻いた一人のインド人がひざまずき、祈りを捧げている絵だった。






    インド人の皮膚は、ひからびたミイラのような色だ。

    骨が飛び出し削り取ったような頬。

    そして黄色く濁った異様に大きい目。

    「いやだわ、こんな絵…」

    宏子はそう思った。

    昭和四十八年七月。



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    その夜はむし暑い夜だった。

    網戸をつけた窓をあけ放っても、風は入ってこない。

    真夜中、あまりの寝苦しさに宏子はふと目を覚ました。

    地虫のジーッという声が耳についた。

    と、その地虫の鳴き声にまじって遠く低くもう一つの別の声が宏子の耳に聞こえてきたのだ。


    その声は呪文のようだった。

    宏子はギョッと耳をすました。

    「オレが死んだとて、だれが泣いてくれよう。オレが死んだとて、だれが泣いてくれよう」

    声はそう言っていた。

    すすり泣くような男の声でそう言っていた。

    すぐ近くのようでもあり、遠くのようにも思える呪文めいた声。

    まるで宏子に向かってささやきかけるようなその声。

    宏子はタオル掛けを、頭からかぶると耳をふさいで震えていた。









    恐ろしい呪文は次の夜も聞こえた。

    三日目の夜がきた。

    宏子は恐怖で眠れなかった。

    やがて真夜中、またしても呪わしいあの声が聞こえてきたのだ。

    部屋の中に青白い月の光が差し込んでいた。

    激しい恐怖に襲われたが宏子は目をあけて声のする方を必死に探った。

    宏子の視線が壁の不吉な絵に向けられた。

    その瞬間、宏子は見たのだ。



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    チカッと絵の中の一部が変化したのを見たのだ。

    目だ。

    絵の中のインド人がまばたきをしたのだ。

    青白い光を浴びて、まばたきをしたのだ。

    「きゃーっ!」

    宏子はあまりの恐ろしさに悲鳴をあげた。


    彼女が原因不明の高熱を出したのはその夜のことである。

    高熱にうなされながら、

    「絵が…絵のインド人が生きている…」

    宏子はうわ言を言い続けた。

    「宏子、しっかりしろ。絵のインド人がどうしたというんだ」

    心配した父親は言った。

    「いや、いや、早くあの絵をはずして…ああ、また、また、声が…怖い…」

    父親にはわけがわからなかった。





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    「幽霊の出る旅館がある」

    私は読者から手紙をもらうと、記者を連れて出かけていった。

    「本当に出るのですかね。僕は怖がりだからいやですね」

    記者は目的の駅に着き、電車を降りるときになって逃げ腰なことを言い出した。

    駅からタクシーで約二十分、その旅館は一般の旅館街からちょっと離れたところにあった。

    昭和五十年三月十八日、奥日光でのことである。





    「お客さん、どうしてこの部屋のことを…」

    旅館に着くと、私は二階の「梅の間」を使わせてくれるよう頼んだ。

    すると帳場にいた女主人が出てきて、私の顔を見るなり言った。

    女主人は私をテレビなどで見て知っていたらしく、やむなくその部屋を貸してくれることになった。

    「どうか原因を確かめてください」

    女主人は自分で梅の間に案内してくれてから言った。

    私がこのM旅館(女主人の希望によって本当の名前は伏せる)に現れるといわれる幽霊を調べにきたのは、東京の某商事会社のグループが次のような体験をしたからである。


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    永野さんら男女五人は二月の末、この旅館に泊まった。

    その日、夕食後彼らは街へ出てスナックに入った。

    「あの旅館には女の幽霊が出るんですよ。知ってますか?二階の梅の間と、二階の共同トイレにね…」

    スナックで働いている男はそんな話をしだした。

    その男はM旅館にも勤めていたことがあって自分でも体験したというのだ。

    「そんなバカなことがあるもんか。きっとあの男は旅館で働いていて何かがあり、いやみを言っているんだよ」

    永野さんたちは、だれ一人として男の言うことを信じなかった。

    男三人は梅の間、女二人は向かいの竹の間で寝ることになっていたがトランプ遊びをするために、広い梅の間に集まった。

    「どう見ても幽霊の出るムードじゃないわね」

    大川友江さんは、トランプをやりながらスナックでの話を思い出して言った。

    部屋は新しく壁などもまだまっ白であり、とても明るい感じの造りだった。





    「幽霊なんてでっちあげられたものに決まっているじゃないか」

    永野さんは頭から否定していた。

    午前一時近く、大川さんがトイレに立った。

    田村春枝さんを誘ったが彼女は応じなかった。

    トイレは共同になっていて、女性用入口を入ると中には五つのトイレがあって、五つのドアがみな開いていた。

    大川さんは向かって右から二つ目のドアを閉めた。

    そして用をすませて立ち上がった。

    「あっ!」

    えり首にヒヤリと冷たいものが触れたのである。

    だが、彼女はさして慌てもせず、きちんと身なりを整えてからドアに手をかけようとした。

    「あらっ…」

    ドアが開かないのだ。

    ドアはまるで釘づけでもされたようにビクともしないのだ。

    「だれっ、いたずらしてるんでしょう!」

    大川さんは、ドアに耳をつけ、外の様子をうかがったのである。

    だが、人の気配はまったくなかった。


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    息子の弘一は、本が好きだった。

    とくに夜、床に入ってから本を読むのが癖になっていた。

    昭和四十二年四月のある夜。

    「ひゃわ、出た!」

    と、寝間着姿の弘一が、本を片手に握りしめて、部屋から飛び出してきた。

    「どうしたんだ…。二十歳にもなって、みっともない…」

    父親の私は、夜遅く子供のように騒ぐ弘一を叱りつけた。

    だが…。

    「お父さん、竹が…」

    弘一の言葉を聞いたとたん、私も真っ青になった。






    弘一の部屋に来てみると、青竹の先が四、五十センチほど畳を突き破って出ている。

    ごく普通のものだが、我が米山家にとっては恐ろしい呪いの竹なのだ。

    米山家は代々静岡県の三島市に住んできたが、十二年前、突然この青竹の呪いを受けるようになった。

    部屋に竹が出た日から、井戸の水がぴたりと出なくなり私の父親が急にどす黒い血を吐いて倒れた。

    あわてて医者を呼んだが、病名のわからない奇病だという。

    父親は全身が紫色になって、だんだん意識がなくなり、数日後には死んでしまった。








    すると、井戸の水が元通りに出はじめ、部屋の青竹はひとりでに枯れてしまった。

    この奇怪な現象は、その後二回起こり、私の妻と娘が死んだ。

    「たぶん、何かの祟りか呪いだ」

    私は、何度か神主にお祓いをしてもらったのだが、効きめはなかった。

    そのうえ、恐ろしい呪いの青竹が今度は息子の部屋に出たのである。




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    《山の主をいじめると、呪いをうける》

    この言葉を僕は信じている。

    そのわけをお話しよう。

    僕は東京都大田区に住む大学生、大羽義男だ。

    趣味は登山である。

    昭和五十年六月、僕は同級生の川島和夫君と二人で、秋田県にある田代岳に登った。

    二人が中腹にある沼の近くで弁当を食べているときだった。

    「大羽君、あれを見ろ…」

    川島君が沼の淵にいる大きなカエルを見つけた。

    体調が三十センチくらいで、身体が赤く、足が六本もある珍しいものだった。






    「よし、捕まえよう」

    僕は食事も忘れてそのカエルを追いまわした。

    大ガエルはすばしこくてなかなか捕まらない。

    「くそ!」

    腹を立てた僕は、先のとがった木の枝を投げつけた。

    木の枝はズバリとカエルの右目に突き刺さった。

    グエーッ!

    大ガエルはものすごい悲鳴をあげながら沼の中に跳び込んでしまった。








    「残念だったなあ。もう少しで捕まえられたのに…」

    僕たちは、旅館でも大ガエルの話をした。

    すると旅館の主人が顔色を変えて言った。

    「そのカエルは土地に人々から神様ガエルと呼ばれている山の主です。その目をつぶしたからには、あんたの目もつぶれますぞ」

    「まさか…そんなこと迷信だよ」

    僕はその言葉を信じようとしなかった。



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    「なかなか快調じゃないか」

    商業デザイナーの難波竜夫氏(二十八歳)は、買い替えたばかりの新車を仲間にほめられ上機嫌だった。

    昭和四十年六月十一日、甲府での仕事をすませた彼は、仲間二人を乗せて夜になってから東京に戻った。

    「一杯やろうじゃないか」

    酒好きの彼にとって、酒という言葉は大きな魔力に似た力を持っていて、咽頭から手が出そうだった。

    だが、彼は今度新車を買うとき、妻の洋子さん(二十四歳)に、車を運転するときは絶対酒を飲まないことを約束していたのだ。


    彼が無念のツバを飲み込みながら、都心の繁華街にさしかかっとときだった。

    前方から、センターラインを越えて走ってきた車の上向きライトが彼の目に飛び込み、一瞬、目先が暗くなり、なにかに当たったショックに、彼はあわててブレーキを踏んだ。






    「しまった!」

    フロントガラスに飛び散った血と、口から血を吐いて倒れている洋服姿の中年婦人を見たとき、彼の全身の血は凍りつきそうだった。

    《くそっ、あの車さえ来なかったら…》

    彼は取り調べを受けているとき、フロントガラスとドアにべっとりとついたどす黒い血と、倒れて死んでいた婦人の姿を思い出しながら、ライトを上向きにして突っ走ってきた車をうらんだ。

    運転免許をとって六年、彼は一度も事故を起こしたことがなかったのだ。







    彼は長い取り調べにへとへとになって家に帰ると、車体についた血をきれいに洗い流し、眠っている妻は起こさずに、そっと床に入った。

    「ううっ…ううっ…」

    彼は眠ってまもなく、頭を割って血だらけになった女に追いかけられる夢を見た。

    それはさっきの中年婦人のようでもあり、また妻の洋子のようでもあったが…。

    女は、メチャクチャになった不気味な顔を彼に寄せ、血だらけの手で彼の首をしめつけた。

    彼は必死に逃げようとするが、足がもつれて動けない。



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    【落ちない血痕】の続きを読む

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    ザー、ザザー。
    シャワーの音にハッと目を覚ました母親は、こんな真夜中にいったいだれが、といぶきしげにまわりを見まわした。

    だが、起きだしてシャワーを浴びに行っている者は誰もいなかった。

    みな、昼の旅の疲れでぐっすりと眠っていた。

    「……。」

    母親は思わずベッドの上に半身を起こした。

    身を乗り出してシャワールームの方をうかがった。

    大きな水の音が確かにしていた。

    人の気配もあった。

    「お、お父さん!」

    気味が悪くなった母親は隣のベッドに寝ている夫を揺り起こした。

    そして震えながらシャワールームの方を指さした。






    父親は、眠い目をこすっていたが、やがてベッドからおり、そっとシャワールームに近づいていった。

    そのとき父親は急に背筋が冷たくなった。

    消したはずの電灯がつき、閉めたはずのガラス張りのドアがかすかに開いており、シャワーを浴びている髪の長い女性の姿がシルエットになって浮かび上がっていたのである。

    その女性は背の高さからいって、十四、五歳の少女で、娘の正子さんと同じ年ぐらいだった。

    「だれたっ!」

    父親はドアに手をかけながら、大声でどなった。

    と、その瞬間、少女の姿がスーッと消え、電灯も消えてしまった。

    父親も母親も恐怖のあまり息が止まりそうだった。





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    【稲川淳二 マブダチへの遺言】の続きを読む

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    【稲川淳二の怖い話】の続きを読む

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    「学校の地下室にお化けが出るらしいぞ」

    「そんなバカなことがあるもんか。おまえ、オカルト映画の見すぎだよ」

    「なにいってんだ。ちゃんと先輩から聞いたんだぞ」

    昭和四十九年八月十二日、九州佐世保市にある某中学校でのことである。














     「その先輩だって、自分で見たわけじゃないでしょう」

    村田美子さん(二年)も、お化けを否定する一人であったのだ。

    お化けがいるらしいという生徒四人、それを否定する生徒五人で口論は続けられた。 

    「それじゃ、先輩のところへ行って、はっきり聞いてみよう」

    村田さんたちは、さっそく近くに住んでいる先輩の家を訪ねた。

    高校一年の先輩はちょうど帰ってきたばかりで家にいた。








    「ああ、本当だとも。首のない女のお化けや片目の男の幽霊が出てきたよ。オレもちゃんと見た。それに、あの不気味なうめき声を聞いたら、当分は眠れないぞ」

    その先輩は、自分が見たときの様子を身ぶりをまじえて話した。

    「まだ信じられないわ」

    先輩の家からの帰り道、村田さんたちの否定派が言った。

    「嘘か、本当か、地下室へ入って調べてみようじゃないか」

    飯島君がもちかけた。

    彼はやや中立的ではっきりした態度は表明していなかった。

    「よし、行ってみよう」







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    「うーん…」
    私たちは、その家の入り口に立ったとき思わずうめき声をあげた。
    中に入る前から強い霊気を感じたからだ。
    玄関は釘づけにされていたので、脇へまわり、くすわれかけた雨戸をこじ開けて、中へ足を踏み入れた。
    家の中はカビ臭かった。
    内部は崩れかけた戸の隙間から差し込む光で、ぼんやりと明るかった。
    私たちは手にした懐中電灯で足もとを照らしながら、あたりをうかがった。









    一階は部屋が四つに台所と風呂場、便所があり、かなり広い家であった。
    さすがに障子ははずれ、壁ははげ落ち、その荒れ方は凄まじかった。
    二階への階段が廊下のすみにつながって見えた。
    すでに傾き、風雨にくずれ落ちた壁土がところどころにこびりついている。
    はずれかけた踏み板を注意しながら上へあがると、六畳と四畳半の二間が続いていた。














    天井板ははがれ、屋根裏がのぞいている。
    そこから風がひんやりと吹き込んでいた。
    畳の上には、砂がぶちまけられたように散乱していて、歩くとジャリジャリと不気味な音をたてた。
    神経を逆なでするような、いやな感じだった。











    幽霊になって出てくる女が首を吊ったのは、六畳であったという。
    私はその六畳間に座り込んだ。
    そして、昼間聞いた近所の老人の言葉を思い出していた。
    「確かに幽霊は出るよ。あの家には、女の恨みがこもっているんだものな。うん、幽霊を見た人は何人もいる。わしだって二回見ている。白っぽい着物を着た女が庭をフラフラと歩いているのと、青白い女の顔が、二階の窓からのぞいているのをな…」
    同行の記者は落ち着かないらしく、やたらとタバコをふかしながら、部屋の中を歩きまわっていた。













    【首吊りの部屋】の続きを読む

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    「ああ、むし暑いなあ…」
    村磯良子さん(中学二年・仮名)は、寝返りをうちながら目を覚ました。
    その夜は、とてもむし暑く寝ていても汗が流れるように出て、どうしようもなかったのだ。
    良子さんたちのクラブ員は、校舎の一室を使って合宿していたのである。
    「親子…」
    良子さんはすぐわきに寝ている親友の羽生親子さん(仮名)の肩をゆさぶった。
    「眠れないわねえ…」
    親子さんも寝ていないようだった。
    二人は起き上がると、うちわを使いながら蚊を追ったり、風を送ったりしていたが、さっぱり効き目がなかった。
    だが、ほかのクラブ員たちは、猛練習にすっかり疲れきっているらしく、ぐっすり眠っていた。
    「うらやましいわねえ…」
    二人は、寝込んでいる後輩を横目で見ながら、廊下に出て窓をあけた。
    「良子、泳ごうか」
    月の光に水面が輝く、校庭のプールを見つめていた親子さんが言いだした。
    「泳いだら、きっと気持ちがよくなるわね」
    二人は部屋に引き返すと、水着を持ってそっと夜の校庭へ出ていった。
    青白い月の光がプールの水面に神秘的な美しさをもたらしていた。







    二人はだれもいないプールに入って、水しぶきをあげて泳ぎはじめた。
    二人とも水泳には自信があったので、ところ狭しとばかりに暴れまわった。
    「あっ、いやっ」
    突然、良子さんが大声をあげ、プールの中央で泳ぐのをやめた。
    「どうしたの?」
    親子さんがびっくりして声をかけた。
    「なんだか、ぬるぬるしたものが足にからみついたの」
    良子さんは、気味の悪そうに言った。
    「気のせいよっ」
    親子さんは、気にかけず泳いで良子さんのそばを通りすぎていってしまった。
    良子さんも気をとりなおして泳ぎかけたが…。













    【月夜のプール】の続きを読む

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    「やっぱり、お金が足りないわ。ねえ、お姉さん、貸して…」
    さっきから貯金箱を振ってお金を出していた渡辺美春(十三歳)は、ふっとため息をついて言った。
    「あら、どうしたの、お母さんからもらったばかりでしょう。また無駄遣いをしたのね」
    姉の邦子は編み物の手をとめて、美春の顔を叱るように見つめた。
    「そ、そうじゃないわよ。私もたまにはいいことするのよ。困っている人に貸してあげたの」
    「そう、珍しいこともあるのね」
    「そうなのよ」
    美春はちょっと気取ったポーズをしてみせた。
    「そんないいことをしたのなら、お金が返って来るまで、買物は待つべきだわね。あなたに貸したら今度は私が困るもの…」
    「そんなこと言わないで、ねえ、やさしいお姉さま」
    美春は甘えるように姉のそばへ…。
    「だめ、その手には乗らないわよ」
    邦子は、美春をにらむまねをした。
    「ああ、困ったわ。お友だちと約束しちゃったのよ。明日、一緒に買物に行くことを…困ったわ」
    「あなた、お金をいったいだれに貸したのよ」
    「安子おばさんよ」
    「えっ、あの安子おばさん?」
    「そうよ」
    「美春!」
    とたんに、邦子の顔つきが厳しくなり、強い声で言った。
    「なによっ、どうしたの、お姉さん?」
    美春は急に怒った姉を見てびっくりして聞いた。
    「あのね、嘘をついてまで人からお金を借りようなんて、最低よ。安子おばさんは今日お昼ごろ亡くなったのよ。たがら、お母さんがいま、おばさんの家へ行っているのよ」
    「えっ!」
    「死んだおばさんが、どうしてあなたからお金を借りるのよ?」
    「だ、だって…」
    美春の顔色は真っ青に変わり、身体は小刻みにふるえだした。
    「でも、お姉さん、私の言ったこと、本当なのよ」
    美春は青い顔で次のような話を始めた。











    美春が友だち数人と学校を出たのは、午後三時ごろだった。美春たちは、明日の日曜日の買物を約束し、公園の入り口でいつものように別れたのだ。「美春ちゃん」ひとり美春が、公園の道を抜け人通りのない並木道にさしかかったとき、突然、名前を呼ばれた。 「だれ?」美春は足をとめてあたりを見まわしたが、だれもいなかった。「気のせいかしら」そう思ってふたたび歩き出したとき、また呼ぶ声がして木のかげから安子おばさんが出てきたのだ。「おばさん、どうしたの?」血のにじんだ首を痛そうにおさえているおばさんを見て、美春はびっくりした。














    【幽霊に金を貸す】の続きを読む

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    鈴木和枝(十三歳)は、隣に住む秋子(六歳)にせがまれて川へ行った。
    はじめのうちは、川岸で秋子と遊んでいた和枝も、気持ちよさそうに泳いでいる友だちを見ているうちに、どうしても泳ぎたくなってきた。
    「秋ちゃん、ここから動いてはだめよ。私、ちょっと泳いでくるわ」
    「うん」
    ここは群馬県榛名山のふもとを流れる川、八月十日のことだ。
    泳ぎには自信のある和枝は、抜き手をきって早い流れを横ぎり、向こう岸へ泳いでいった。
    岸にたどりつくと、空を見上げて深呼吸…。
    しかし、秋子のことを思い、すぐに引き返そうと再び川に飛び込んだ。
    そのとき、
    「お姉ちゃん、きてえ!」
    突然、秋子の叫び声がきこえた。
    「大変だ。子供が流されたぞ!」
    続いて、あわてた男の子の声…。




    和枝の心臓は驚きで破裂しそうになった。
    〈私が泳いでいるうちに、水の中に入ってしまったんだ〉
    「秋ちゃん!」
    和枝は、流されていく秋子を必死で追った。
    「お姉ちゃん!」
    流れに浮き沈みながら、もがく秋子の小さい手、頭、赤い花模様の服…。
    和枝はただ夢中だった。
    なんとしてでも助けなければならない。
    「秋ちゃん、しっかり!」
    和枝はようやくのことで沈みかけている秋子のそばへ近寄ることができ、手を伸ばした。
    「ああっ!」
    夢中でしがみつく秋子に、和枝も身体の自由を奪われそうだった。
    「助けてぇっ!」
    秋子を必死に支えながら和枝は叫んだ。
    このままでは二人とも溺れてしまう。
    「放していいぞっ」
    ようやく、二人の少年が泳いできて秋子をつかまえ、大声で和枝に言った。
    「お願いね」
    ほっとした和枝が、秋子を支えていた手を放した瞬間、
    「あっ!」
    手が思うように動かないのだ。
    感覚がまったくなかった。
    和枝は、なんとかして泳ごうとあせったが、だめだった。
    そのうえ、足までひきつりはじめたのだった。
    「助けてえっ!」
    和枝は、水を飲みながら助けを求めた。










    しかし、秋子を二人がかりでかかえて泳いでいる少年たちにはどうすることもできない。
    「和枝さん、もう少し頑張れっ、すぐ助けにくるから…」
    そう言われても、和枝は、さっきまで軽々と水に浮いていた自分の身体が、だんだん重くなり、水に沈んでいくのがわかった。
    冷たい水が鼻から、口から流れ込んでくる。
    やさしい母親の顔が目に浮かんでくる。
    「ああ…」
    頭がぼうっとし、あたりが暗くなってきた。
    「和枝さん、しっかりするのよ」
    突然、川底の方から、かん高い女の子の声がして、和枝は、はっとした。
    〈あっ、だれかの声が…〉
    と思いながら、また意識がうすれていく。
    「和枝さん、この浮き袋につかまって」
    ただ夢中で伸ばした和枝の手に、やわらかい浮き袋が触れた。
    「ああ…」
    和枝は、それにしがみついた。










    「和枝さん、手を放してはだめよ」
    耳もとの声が励ますが、和枝の力は次第になくなっていく。
    気が遠くなり、浮き袋から手が放れそうになるたびに、「しっかりして」と、不思議な声が励ましつづけるのだ。
    この声はいったいだれ…?
    「しっかりするんだっ」
    少年たちの知らせで、船が出され数百メートル下流で和枝は助けられた。
    気を失っていたが、浮き袋にはしっかりつかまっていたのだ。
    「私が溺れかかっていたとき、だれかが私の名前を呼んだわ」
    意識を取り戻した和枝は、母親に言った。
    「気のせいよ。あなたは浮き袋につかまっていたのよ」
    「浮き袋?」
    母のさしだす浮き袋を見た和枝は、
    「ああ…」
    あまりの驚きに再び気を失いそうになった。









    その浮き袋は、なんと昨年の夏、川で行方不明になった武藤節子のものだったのだ。
    黄と緑の縞模様のそれは、節子が大切にしていたものに違いない。
    「節子さんの…」
    そういえば、意識がうすれかけるたびに元気づけてくれた声も、確かに節子の声だった。
    節子が持ったまま行方不明になったその浮き袋がいま、どうして和枝の生命を救ったのだろうか…。
    あまりの不思議さに、和枝は再び気が遠くなるような気持ちだった。





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    「なんだか、春子さんに悪いみたい」
    ショートヘアの少女用のかつらを手にして、道子は婆やに言った。
    十一歳の道子は、人もうらやむような美しい少女だ。
    東京の多摩川の近くにある大きな洋館に、やさしい両親や婆やにかこまれて、まるで西洋のお姫様のような生活を送っていた。
    しかし、道子には他人に言えない悩みがあった。
    それは、道子には髪の毛がないことだ。
    つややかな黒い髪は、実はかつらだったのだ。
    道子が三歳のとき、子守りの春子の過ちから頭に大火傷を負ってしまったからだ。
    春子はそのことを気にし、三年ごとに自分の髪を切ってかつらをプレゼントしつづけていた。
    「悪いなんてことあるものですか。こちらの新しいかつらは、きっとお似合いですよ」
    「でも、婆や、春子さんは死んでしまって、これは遺品なのよ」
    「なにも捨ててしまうものではありませんもの。春に向かって短い髪にしたほうがすっきりいたしますよ。それに明日はお誕生日…」
    「……」
    「さあ、替えてごらんなさいまし。新しいのと」
    婆やに言われて、道子はいままでの長い髪のかつらを取ろうとした。
    ところが、その長い髪の毛が道子の手にからみついてくるではないか。
    「どうなさいました?」
    「なんだか、このかつらには死んだ春子さんの生命がこもっているみたい」
    「まあ、お嬢さま、そんなことが…。窓から風が入ってきたからですよ」
    道子は、ようやくのことでそのかつらを取り、新しいのと取り替えた。
    「まあ、お人形さんみたい」
    婆やにほめられて、道子も鏡を見ながら、にっこり笑うのだった。








    【遺髪のかつら】の続きを読む

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    「いらっしゃいまし。お早いおつきで。さあ、どうぞ、おこたが暖かくなってますよ」
    宿の女中さんの案内で清子と父親は二階の部屋に通された。
    二人は写生旅行にきて、新潟と群馬の県境の早春の山々をあちこち歩き、夕方小さな宿を見つけて、そこに泊まることにしたのである。
    藁葺き屋根の古風な家だったが、部屋の障子や畳が新しいので、父親はお茶をすすりながら女中さんにたずねた。
    「いつから始めたの。この旅館は。新しいようだね」
    「はい、つい一週間ほど前からです。このお部屋にお泊まりになるのはお客さんが初めてなんですよ」
    「ほう、偶然だな」
    二人は疲れていたので、その夜ぐっすり寝込んだ。
    真夜中、清子は人の声で目を覚ました。
    じっと耳をすますと、その声はささやくようなに、
    「〜ねえさん、寒いよ」
    「私も寒いよ」
    子どもの声だった。
    染み入るような小さな声で、同じことを繰り返しているのだった。
    どうやら部屋の中で聞こえるようなので、清子はギョッとした。
    そして、思いきって電灯のスイッチを押してみた。
    ぱっと明るくなった部屋の中には、誰もいない。
    「もしや、押入れの中?」
    ふすまをあけた。
    誰もいない。
    障子を開けてみたが、暗い廊下が続いているだけだった。
    「夢だったのかしら」
    清子は、うす気味悪く思いながらも電灯を消してまた布団に入った。
    「〜ねえさん、寒いよ」
    「〜私も寒いよ」
    眠れなくなった清子の耳に、またさっきの声が聞こえてくる。
    清子は恐ろしさに震えながらも、じっと耳をすませていると、そのかすかな声は、なんと掛け布団の中からしてくるではないか。
    掛け布団をめくってみると声はやみ、掛け布団をかけると、声がしてくるのだ。
    姿はどこにも見えずに、うら悲しげな声だけが、そこからじわじわと染み出してくるのだった。
    「お、お父さん、起きて!」
    もう我慢できなくなって清子は父親をゆり起こした。









    「お父さん、声が、声が…」
    「な、なに?」
    「この布団の中から聞こえるの。子どもの声が」
    「お前、寝ぼけたんじゃないのか。そんなばかなことが…」
    「でも、ほんと、ほんとなのよ」
    「そんなに言うのなら、お父さんがそっちで寝よう」
    父親はそう言って、布団を替えた。
    「なんだ、別になんともないじゃないか」
    しばらくして父親は言った。
    しかし、清子の耳には子どもたちのあの声がはっきり残っているのだ。
    〜ねえさん、寒いよ。〜私も寒いよ〜という声が。
    翌朝、あまりくり返して言う清子の言葉に、父親は旅館の主人に聞いてみた。
    「あの掛け布団はどこで買ったのですか」
    「はあ、ちょっと言いにくいのですが、隣町の古物屋から買ったのです。資金の都合で新品が買えなかったものですから」
    と、気まずそうに答えた。
    それから、清子と父親は、その古物屋を訪ね、熱心に聞きだした。
    それは次のような話であった。





    古物屋から少し離れた町はずれに貧しい労務者の一家があった。
    秋に父親が病死し、まもなくそのあとを追うようにして、母親も病に倒れ、あとに二人の子ども、十歳の姉と七歳の弟が残されたのだ。
    役場から少しばかりの援助金がきたものの、それは父母の医薬代として、みな医者に払わなければならなかった。
    そのうえ、その日の食べるものにも困るありさまなのに、家主がしつこく家賃をとりにくるのだ。
    「家賃が払えなければ、出ていってくれ。どこへでも」
    「おじさん、私たち行くところがないの。親類もないの、いさせてください」
    「ただでこの家に住むつもりか。払えなければ金目のものを持っていってやる」
    そう言って、家主は箪笥や着物をどんどん持っていってしまった。
    かわいそうな姉と弟は、それから寒い冬の夜を、たった一枚の布団にくるまって、ふるえながらすごした。
    「姉さん、寒いよ」
    「私も寒いよ」
    二人は亡くなった両親のことを思い出しては、恋しさにさめざめと泣くのだった。
    やがて、家主はある日、そのたった一枚残された掛け布団までもはぎとり、泣きすがる二人を荒々しく雪のなかに放り出してしまった。
    それから二人は仕方なく降りしきる雪の中を観音様のお堂に向かって歩き出さした。
    しかし、薄着のうえ空腹でとうとう道端にうずくまってしまった。
    「姉さん、寒いよ」
    「私も寒いよ」
    二人は固く抱き合った。
    「姉さん、死ねばお母さんのところに行けるね」
    「そう。お父さんにも会える」
    二人の上に雪がどんどん降り積り、そのうち二人の姿は一つの雪だるまのようになってしまった。
    翌朝、見つけ出された二つの小さな死体は土地の人が観音堂の裏にある墓地に葬ってくれた。




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    「お嬢さん、僕の絵のモデルになってくれませんか」
    病身のような、それでいて目が、不思議にきらきら光る青年が、村田富子に声をかけた。
    千葉市内にある公園でのことだ。
    海から吹きつける冷たい風に空気まで凍りつくような寒い日だった。
    「お嬢さん、僕はあなたのような美しい少女を何年も探していたのです。ぜひぜひ、僕にあなたの絵をかかせてくれませんか?」
    突然のことで、富子はびっくりしてためらったが、青年のあまりに真剣そうな様子に、
    「そうねえ…あなたの絵のために役立つなら…。私、母に話してくるわ」
    と答える富子の言葉に、大町青年は、急に心配そうな顔になって、
    「お母さんに話さないといけないんですか。僕はだれにも知られずに絵をかきたいのです。でないと僕は本当の絵がかけないんです」
    富子はじっと自分を見つめる青年の目の輝きに、まるで魔法にでもかけられたような感じになった。
    「いいわ。あしたから学校の帰りにあなたのところへ行くわ。母に秘密でね」
    三日がすぎた。
    「富子、このごろ帰りが遅いけどどうしたの?」
    母親は富子にたしなめるような口調で聞いた。
    「お友達の家で勉強しているの」
    「そう。でも、このごろ青い顔して少しやせたんじゃないかしら。どこか具合が悪いんじゃない?」
    「なんでもないわ。ただ、ちょっと疲れているだけよ」
    心配そうな母親の顔に、富子はほほえみかけようとした。
    しかし、突然目の前がまっ暗になり、その場にばったりと倒れてしまったのだ。
    「あっ!富子、どうしたの⁉︎ だれか、お医者様を…」



    「不思議ですね。ひどく心臓が弱っているのですが、原因がどうもわからない…まるで、お嬢さんの身体全体から生命がしぼりとられているような…」

    年配の医者は、不思議そうに首をひねるだけだった。
    そのとき富子が、
    「お母さん、大町さんを呼んで。もうすぐ絵ができあがるのよ。お母さん、大町さんを呼んで!」
    それから三十分後、母親は熱心な富子の頼みで大町の家を訪ねた。
    そこは町の北はずれの、森に囲まれた古いアパートだった。
    中に入った母親が、部屋の扉をあけたとたん、
    「あっ!」
    思わず息を呑んだ。
    なんということだ。
    うす暗い部屋の中で娘の富子が笑いかけているではないか。
    その富子の顔は、健康そうに、頬も目も輝いている。
    さっきまでのやせた青い顔とはまったく違い、以前のままの富子だったのだ。
    「富子…」
    母親は思わず叫んで近づいたが、そばへ行ってまた驚きの声をあげた。
    それは一枚の大きな富子の絵だったのだ。
    驚きのあまり呆然と立ちつくす母親の耳に、どこからともなく低いかすかな少女たちの泣き声が聞こえてきた。
    不思議に思いながら部屋のドアをあけた。
    そしてそこで、もっと大きな驚きと恐怖感で、息を呑んだ。
    そこには、多くの美しい少女たちの絵が壁や天井に張りめぐらされていて、入ってきた母親に、いっせいにほほえんでいるのだ。
    しかし、その絵の奥でまるで、深い悲しみの底からつきあげてくるような少女たちの泣き声が、低く強く、部屋いっぱいに響いているのだ。
    「あなたのお嬢さんもこの中に?」
    不意に、母親のうしろから、五十歳がらみの紳士が悲しそうな顔でたずねた。
    「私の娘も、この中のどこかにいるのです。あの大町という男は、五十二年前に死んだ画家の亡霊なのです」
    「えっ!亡霊ですって!」
    「知らなかったのですか。あの男は絵に熱中して自分の美しい妹を、一年間も部屋にとじこめてモデルに使い、ついに死なせてしまったのです。彼は妹殺しの罪で死刑になったのですが、亡霊になって現れて、絵をかきつづけているのです」
    「まあ!」
    「亡霊は美しい少女を見ると、その生命を吸いとって絵にするのです。私は娘を弔うつもりで、やっとここまでつきとめてきたのですが、こんなに殺された少女が多かったとは…」
    「それじゃ、うちの富子の病気も……?」
    「というと、絵はまだ?」
    「ええ、となりの部屋に…」
    そこまで聞いた紳士は、なにを思ったか、急いでとなりの部屋にとび込んでいった。
    母親も続いてその部屋に駆けこんでみると、紳士は絵の中の富子の心臓目がけてナイフを突き刺したところだった。
    「危ないところでお嬢さんの生命が…。この絵が完成したときがお嬢さんの死ぬときだったのですよ」
    「まあ!…ではこれで娘も元気になれますね。でも、あの画家の亡霊はいったいどうなるんでしょう」
    「それが心配です。いつ、世界のどこに現れないともかぎらない。美しい少女のいるかぎり、あの亡霊は絵をかきつづけるでしょう」
    母親はあまりの不気味さに思わず身ぶるいするのだった。










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    「ひな祭りの日に児童会なんか開かなくたっていいのにねえ」
    小学五年生の田代順子と加藤久江が校門を出たのはもう日暮れ近いころだった。
    山の影が地面を這うように伸びて、夕闇があたりを包みはじめていた。
    「本当よ、ひな祭りのご馳走つくって、もうみんな待っているころだわ」
    杉林のなかのあちこちにまだ消え残っている雪が白くぼうっと光って、夕風が枝を鳴らしてとおりすぎた。
    二人が歩いているこのあたりは、墓地になっていて、雪のなかに墓石がいくつか見える気味の悪いところである。
    「あらっ、あれ何かしら?」
    突然、久江が立ちどまった。
    「えっ、なあに?」
    「ほら、あれよ。おひなさまみたいだけど。そうよ、おひなさまだわ」
    近づいてみると、二つの美しい「内裏びな」で、高さ十五、六センチもある立派なものだった。
    「忘れものかしら」
    「ずいぶん立派なものね」
    「ねえ、一つずつ持って帰ろうか」
    「そうしよう」
    二人は、それぞれおひなさまを抱きあげた。
    そのとき、順子は、女の子のすすり泣く声を聞いたように思った。
    「あら、だれ?泣いているわ」
    順子は、あたりを見まわした。
    しかし、黒々とした杉林と白い雪のほかには何も見当たらなかった。
    「変な順子、だれもいやしないわよ」
    「そうね、風の音かもね…」
    そう言いながら二人がその場を去ろうとしたときに、順子の耳に、こんどこそはっきりと、
    「持っていかないで、もっていかないで…」
    泣くように訴える少女の声が聞こえた。
    順子は、その声を聞いた瞬間、身体が凍ったように動けなくなってしまった。
    「順子、どうしたの?」
    少女の泣くような声は久江には聞こえないようだった。
    「あ、私、やめるわ。おひなさま持って帰るの」
    「あら、もったいないわ」
    「でも、やめるわ」
    「そう、じゃあ、私がもらっていっていい?」
    順子は、久江にやめるように言おうとしたが、なぜか声がでなかった。
    あとになってみれば、そのとき、けんかしてでも止めればよかったのだが…。


    その晩の十一時ごろ、順子は、激しい半鐘の音に目を覚ました。
    「火事だ?火事だ!」
    と叫ぶ声が表から聞こえてくる。
    「どこ?火事はどこなの?」
    「加藤さんのとこらしいよ」
    「えっ、久江の家?」
    順子は思わず飛び起きた。
    あの杉林で聞いた、気味の悪い声が頭のなかを突き刺すように思いだされる。
    順子は、何か恐ろしい予感におびえながら、家の人と一緒に飛び出した。
    ものすごい炎が久江の家を包んで、まるで地獄のようだった。
    大騒ぎする人々の間から、一人の少女が飛び出てきた。
    「あっ、久江!」
    パジャマ姿の久江は、髪をふり乱して、まるで幽霊のようだった。
    そして、順子に抱きつくと、
    「燃えたのよ!おひなさまが燃えたのよ!」
    と、放心したように言いつづけるのだった。
    「な、なに? 久江!」
    「私は聞いたの。女の子がすすり泣く声を…。その泣き声が、いつのまにか家のなかに入ってきて、隣の、おひなさまを飾ってある部屋の戸をあける音がしたの。私、怖かったけど、そっとふすまをあけてのぞいたの…」
    「な、なにが見えたの?」
    「のぞいたら…、あの内裏さまが急に燃えはじめるのを見たのよ、ああ…」
    二つの内裏びなが置かれてあった雪の下は、隣村で火事があったとき、逃げ遅れて焼け死んだ少女の墓だったのだ。



    その女の子の両親は、娘が欲しがっていた内裏びなを買って、お墓に供えたということだった。
    女の子の家が焼けたのは午後十一時、久江の家が焼けたのも十一時だった。
    ひな祭りを待たずに死んだ女の子は、自分の墓に供えられた大切な内裏びなが、久江に持っていかれるのを悲しんだのだろうか。
    その悲しみのあまり、久江を呪い、家を燃やしたのだろうか。
    警察でいくら調べても、火事の原因はとうとうわからなかった。
    しかし、順子も久江も、女の子のすすり泣く声を聞いたのは確かだった。



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    「人が死ぬと、それから先はどうなるのかしら。死んでからの世界ってあるのかしら…」
    学校からの帰り途、いつも通る公園のベンチに腰かけて、弘子と光江はそんな話をしていた。
    「うちのお婆ちゃんは、あるって信じているわ。だから、毎日、仏壇の前で、死んだお祖父ちゃんとお話しているの…」
    「そんなの嘘よ。死んだ人と話ができるなんて、おかしいわよ」
    「でも、お婆ちゃんは真剣なんだもの、仕方ないわ」
    「じゃあ、弘子、あんたは"死後の世界“があると信じるの?」
    「私は、どっちともいえない」
    「私は信じないわ。全然、科学的じゃないもの」
    「ああ、それじゃ、いいことがあるわ。はっきりわかることが」
    「どんな?」
    「二人のうち、早く死んだものが、夜半に生きているものの足の裏をくすぐるの。死の世界があれば、くすぐることができるでしょう。どう?」
    「いい思いつきね。いいわ」
    「じゃあ、約束ね。死んでも魂が生きていたら、必ず足の裏をくすぐるわ」
    二人は、変な約束をとりかわした。
    ここは、東京郊外にある公園。
    秋風の吹きはじめた十月二十二日のことだった。
    それから二人は歩き出した。
    そして、公園の出口まで来たとき、
    「あの子、またいるわ」
    弘中が光江に小声で言った。
    そこには、六歳ぐらいの女の子が、ぼろぼろの服を着て一人で遊んでいた。
    「かわいそうね。両親はいないのかしら?」
    「いないらしいわ。お祖父さんと二人だけのようよ」
    「ねえ、今度、あの子に私たちのお古の洋服を持ってきてやらない?」
    「ええ、それがいいわ」

    それから二ヶ月ほどたった冬休み中の、ある夜のことだった。
    光江は夜半に、足の裏に何か変な感じがするので目を覚ました。
    布団をめくってよく調べてみたが、別に変わったことはなかった。
    外は雪でも降っているのか、静かな晩だった。
    「気のせいかしら」
    彼女は眠ろうとした。
    すると、また足の裏がムズムズ、ムズムズ…。
    まるで人の指がくすぐってでもいるようだった。
    光江は、ハッとした。

    どちらか先に早く死んだものが、生きているものの足の裏をくすぐる

    光江は、全身に水でもかぶったように、ぞーっとした。
    彼女は、目を大きく見開いて部屋の中を見まわしたが、だれもいなかった。
    「嘘だわ。そんなことってあるわけない。弘子とはつい一週間前に会ったばかりだもの」
    光江は頭に浮かんでくる恐ろしい考えを必死になって打ち消し、眠りに入ろうとした。
    しかし、足の裏には、まただれかの指が触れてくる…。
    「怖い?だれか…」
    光江は、声にならない声で叫ぶと、とび起きて廊下に走り出た。
    そして、夢中で、真夜中にもかかわらず、弘子の家へ電話してみたのだった。
    「はい、お嬢さんは夕方、自動車にひかれてお亡くなりに…」
    泣き声のお手伝いさんがこう答えたではないか。
    光江は、あまりのことに、その場で気を失って倒れてしまった。
    葬儀が終わって、家に帰ったその晩のこと。
    光江が眠りにつくと、また足の裏に異常を感じた。
    三日前の弘子が死んだ晩のように、なでられるような感じだった。
    「弘子、やめて、わかったわ」
    光江は、ベッドの上に起きあがり、ふるえ声で言った。
    いくら親友だったとはいえ、もう死人のことだ。
    死人の弘子が光江の足の裏を、そうっと、そうっとなでるのだ。
    光江は、恐ろしさと不気味さで気が狂いそうだった。
    このとき、光江は、
    「これは、きっと弘子が私に、何かを頼もうとしているにちがいない」
    と思った。
    「でも、私は何をしたらいいの…?あっ、そうだ、いつか公園のそばの女の子に、お古の洋服をあげようとしたんだっけ。そして、冬休みになる前の日、クリスマスには持って行ってあげようねって約束したわ。あっ、今日はクリスマス…」
    そこで翌日、光江は母親にいっさいを話した。
    母親はそれを信じようとしなかったが、お古の洋服をたくさん出してくれた。
    やっぱり、光江の考えたとおりだった。
    その夜、光江の足の裏の異常は起こらなかった。


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